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歴史平和学者クラウス博士の紹介記事

ジャパンタイムズ 2003年3月15日

《歴史学者 平和に向けて 国際連合への明確な権限委譲の道を探求》

by:アンジェラ・ジェフ 翻訳:ワタナベ・カンジ

ドイツ生まれのクラウス・シルヒトマン氏は歴史平和学者である。その人生後半において、あらゆる意味での「探求者」としての生き方を見出した学者だ。

彼は現在、埼玉県の日高市に住んでいる。私たちは、ちょうとジャパンタイムズ社との中間地点にある、彼がかつて教鞭をとっていた上智大学の校門前で会うことにした。彼の最大の関心事は国際連合に何が起こっているかだったが、インドへ研究旅行に出かける準備中でもあった。これは彼をアメリカのイラク攻撃から近い場所に置くことになる。彼の当面の疑問は、そこで何が起こるのか?・・・ということであった。

「国際連合は、現在、世界政府に代わる役割を果たすべく、大変な努力をしていることが分かります」「しかし、国際連合には、何の統治権も、平和に向けての権限委譲もなく、それが本来達成すべき内容を考えると制限された状態にあります」更に彼は言う。「実に日本の平和憲法第9条は世界政府の樹立を目指しているのです」

世界平和への提案は、国際連合で半世紀以上も扱われています・・・彼は説明を続ける。

通常、ある議案が提出されたら、次に続く民主的なステップは何でしょう? その議案は支持される必要があります。では、その前には何が成されるべきでしょう? 議論です。そして、投票という審判を受けることになるのです。国連に本当の権力を持たせるという問題は、今まで公式には議論されたことがありませんでした。どの国も日本の戦争廃絶への動きを支持するという提案をしなかったからです。

彼は第二次世界大戦が終焉する一年と三ヶ月前にハンブルグに生を受けたが、東西分断という紛争の悪夢はほんの10年余り前に終わったばかりだった。「心の中に傷はありません。母が私を守ってくれました。しかし、戦争の問題は10代の頃から私の心の中の大きな部分を占めていました」そして、彼は「白いミルクが黒色に変わる」という一行を入れてヒロシマを詠った詩を書いたことを思い起こす。

彼は芸術家になろうと思い立って高等学校を中退したが徴兵を逃れたいと思った。ローマでの一年間を絵画と音楽(トロンボーンジャズ)で過ごした。学生時代に仏教についての書物を読んだこともあり、赤レンガの学校の内で学ぶよりも外の世界で学ぶ方がより良いと判断した。そして、1964年に陸路でインドに向かう。「トルコで知り合った友人がパキスタンで病気になったので、その後は一人旅でした」

バラナシ(北インド、ガンジス川左岸にある。ヒンズー教の聖なる七都市の一つ)に着いてから半年間、彼は仏教徒の法衣を着る。その後ヒンズー教徒に招かれて、市内のサンスクリット大学で中国語と日本語を学びながら、同時に教えた。「今でも勉強を続けていれたらなあ、と思います」その後、彼はグラフィックデザインの工房を開くためにネパールに向かう。しかし、それは失敗して、西ベンガルでソーシャルワークと地域振興の仕事に携わることになる。

カーリーの寺院に滞在した後、「狂人のように放浪しながら」最終的にクラウスは巡礼の旅に出た。動物の皮を縫い合わせ、その上にワックスとニスを塗って一艘のカヤックを作り、ガンジス河を下る。「その後の二年間、ほとんど徒歩でインド中を旅しました」

1976年にドイツに帰る。「ワールドパスポート」を発行していたゲリー・デイビスの「世界市民」の話を聞いて、世界政府の仕事を始め、平和運動の活動家になる。1980年に世界連邦機構の議長に選任されから、幾つかの国連の会議を含む国際会議に出席する。そして、民主的で実際的な「世界憲法」を収集する作業をする。

この仕事や後の歴史平和社会学会の会員であることを通して、彼は「平和社会学者」とか「歴史平和研究家」とか「平和歴史学者」というような肩書きを持つこととなる。「コンピューターで私の名前を検索してみてください。少なからぬ記事や論文が出てくると思います」

彼が本気になって、キール大学で政治科学、歴史、国際法の研究を始めたのは41歳の時である。(私は「遅咲きの花なんですよ」彼は冗談で言う)1990年に博士号を取得した後、日本政府のベルリンセンターの奨学金を得て日本で研究を続けることになる。

彼の研究テーマは日本の政治家であり平和主義者であった幣原喜重郎(1872-1951)だった。「彼は1920年代の国際政治の舞台で中心的な役割を演じていました。当時、日本は主権国として、西欧諸国が政治目標と理解されていたこと、つまり戦争を中止・廃止して効果的な世界平和機構と創設しようという動きを支持しながら、それに積極的に参加する努力もしていたのです」

幣原は1945年10月から1946年5月まで首相でしたが、戦争廃止をうたった日本国憲法9条を1946年1月24日にダグラス・マッカーサーに提案したのも彼であります。「実業家としても、彼は日本の国益に反するようなことに関係しなかった。決定的に他と異なっていたのは彼が採った方法でした」

クラウスは、日本政府が外国からの圧力に抗して9条の精神を守ることについてずっと良心的であると信じている。

「読売新聞が一国平和主義を批判しながら改憲の議論を提起するなど、9条は侵食され続けていますが、その-軍事力を使わない-という中心の一点は変わっていません。だから、日本が自衛隊を持つ限り、他の国々は、なんとしても、戦争の悪習から脱するために国家主権を制限するという9条を「支持」することによって、日本が一国平和主義であるという境遇を認めなければいけません」

もし他の国、例えばドイツなどアメリカのブッシュ政権の戦争挑発主義に対抗する勇気を持った国が、この貴重な日本国憲法的「行動」を支持するならば、その議案は公式な議論討論の場に開かれたものとなるでしょう。そして、国際連合の戦争廃止問題についての議論は、どんな国にとっても反対することは非常に困難なものとなるでしょう。

「もし充分な数の国々が先例に従うならば・・・」彼は続ける。「安全保障理事会の常任理事国を含む全ての国々、そして結果的にはアメリカも武装解除することがあり得ます」

もちろん多くの障害があるだろう。今現在、富と力はごく限られた国々が握っている。より公平な富の分配が行われるようにならなければ、不平等が存在する世界中の大部分に根強い怒りが滞留する。例えばアメリカは、世界人口の6%にすぎないが、世界中の富の50%を独占している。

「私たちは、ベルリンの壁が崩壊した後の1990年代、平和の配当ともいえるものを全て浪費しましました。良いチャンスを逃してしまったのです。ヨーロッパは国連に入って、「我々は国連を支持する」と言うべきです。私たちは国連に本物の力を与えなければなりません。そのために国連はあるのですから。しかし、そのプロセスにおいてはアメリカの力を必要とするかもしれません。もしヨーロッパの国々が、日本が成し遂げたように、国家主権の一部を放棄することによって国連に合法的に権限を与えるなら、アメリカも協力するでしょう。」

 

 

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284 The means to real peace. -

No government nowadays admits that it maintains an army so as to satisfy occasional thirsts for conquest; the army is supposed to be for defence. That morality which sanctions self-protection is called upon to be its advocate. But that means to reserve morality to oneself and to accuse one‘s neighbour of immorality, since he has to be thought of as ready for aggression and conquest if our own state is obliged to take thought of means of self-defence; moreover, when our neighbour denies any thirst for aggression just as heatedly as our State does, and protests that he too maintains an army only for reasons of legitimate self-defence, our declaration of why we require an army declares our neighbour a hypocrite and cunning criminal who would be only too happy to pounce upon a harmless and unprepared victim and subdue him without a struggle. This is how all states now confront one another: they presuppose an evil disposition in their neighbour and a benevolent disposition in themselves. This presupposition, however, is a piece of inhumanity as bad as, if not worse than, a war would be; indeed, fundamentally it already constitutes an invitation to and cause of wars, because, as aforesaid, it imputes immorality to one‘s neighbour and thereby seems to provoke hostility and hostile acts on his part. The doctrine of the army as a means of self-defence must be renounced just as completely as the thirst for conquest. And perhaps there will come a great day on which a nation distinguished for wars and victories and for the highest development of military discipline and thinking, and accustomed to making the heaviest sacrifices on behalf of these things, will cry of its own free will: ,we shall shatter the sword‘ - and demolish its entire military machine down to its last foundations. To disarm while being the best armed, out of anelevation of sensibility - that is the means to real peace, which must always rest on a disposition for peace: whereas the so-called armed peace such as now parades about in every country is a disposition to fractiousness which trusts neither itself nor its neighbour and fails to lay down its arms half out of hatred, half out of fear. Better to perish than to hate and fear, and twofold better to perish than to make oneself hated and feared - this must one day become the supreme maxim of every individual state! - As is well known, our liberal representatives of the people lack the time to reflect on the nature of man: otherwise they would know that they labour in vain when they work for a ,gradual reduction of the military burden‘. On the contrary, it is only when this kind of distress is at its greatest that the only kind of god that can help here will be closest at hand.  The tree of the glory of war can be destroyed only at a single stroke, by a lightning-bolt: lightning, however, as you well know, comes out of a cloud and from on high. (R.J. Hollingdale, transl., Human, All Too Human. A Book for Free Spirits, Cambridge Texts in the History of Philosophy (1996), pp. 380-81)

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